コーヒーのデキャンタージュ/エアレーションのやり方とその効果

コーヒーのデキャンタージュ/エアレーションのやり方とその効果

COLUMN 2023.03.27

昔むかしのお話をしましょう。
今から15年ほど前、北海道ではスペシャルティコーヒーが浸透していなかったであろう頃のお話です。

当時コーヒーというものは、海外から輸入されるとまず東京で積み荷が降ろされ、北海道に豆が届くのは日本の中でも最後の方となっていました。
品質が落ちた状態で北海道に届いてしまうコーヒー生豆は、せめて飲みやすくするために深煎りに焙煎され、それが今日まで続く北海道の深煎り文化のはじまりとなったそうです。
(※深煎り文化の発祥は諸説あります)

コーヒーヲタクのメンバーの一人が当時働いていたネルドリップのお店では低温でコーヒーを抽出し、甘み、コク、オイル感、奥行きを出した最後の仕上げとして、抽出後のサーバーの液体を勢いよく対流させ空気に触れさせることで、さらにまろやかさを出して提供していました。

一方で現代、2019年のJBC(ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ)決勝で石谷貴之さんは、エスプレッソにエアレーター(※詳しくは後述します)を使うという手法を採り、見事優勝しました。

スペシャルティコーヒーの世界で「コーヒーを空気に触れさせ、よりおいしくさせる」という手法はまだ一般的とは言えないまでも、世界のトップクラスのバリスタが実践し、いくつかの有名店でも取り入れられるようになりつつあります。
古くからあるコーヒー屋さんで行われていたやり方がまさか世界トップクラスで通用するなんて、先人の知恵は侮れないですね。

コーヒーヲタクの読者さんの中でも、検証好きな方はすでに試してみたことがあるかもしれません。

今日はそんな「コーヒーを空気に触れさせる」手法、デキャンタージュ/エアレーションについてお話していこうと思います。

デキャンタージュ/エアレーションとは元々はワイン用語

「デキャンタージュ」も「エアレーション」も元々はワイン用語で、どちらもワインを空気に触れさせて味わいを変化させる手法のことを指します。

「デキャンタ」を使えばデキャンタージュ、「エアレーター」を使えばエアレーションと呼ぶようです。

デキャンタの使い方は、ワインをジャバジャバと上から注ぎ入れ、くるりと回し空気に触れさせた後3時間ほど寝かせます。

エアレーターは器具をワインが通り抜ける際に細かい気泡が混ざるようになっていて、注げばすぐに飲めるようになります。

デキャンタージュ/エアレーションは主に赤ワインで行われ、白ワインやスパークリングワインには用いられません。

【ワインを空気に触れさせる目的】
・香りが開ききっていない「硬い」感じのするワインの香りを開かせる
・酸味や渋みを減少させマイルドな味わいにする

ここでおや、と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そんな方は勘が鋭いですね。

香りが開ききっていなくて硬い」ですとか、「酸味や渋み」というのはコーヒーにも共通する感覚だと思いませんか?
実際、この記事の冒頭でお伝えしたネルドリップのお店では、コーヒーをまろやか(=マイルド)にするために空気に触れさせていました。

ワインとコーヒーは共通する考え方が多い飲み物です。
ここから、デキャンタージュ/エアレーションをコーヒーにも応用してみることができるのはないかという発想が生まれるのも、なるほど納得のいくものでしょう。


実際どうなの?コーヒーのデキャンタージュ/エアレーションの効果

それでは、デキャンタージュ/エアレーションをコーヒーに応用したらどうなるか、その効果を追っていきましょう。

2019年のJBC決勝、石谷さんのプレゼンテーションでは、ミルクビバレッジに使うエスプレッソをエアレーターに通していました。
その意図は、エスプレッソの香りを開かせミルクと合わせた時のフレーバーを明確にするとともに、温度を下げることで甘さと質感を向上させるためだと説明されています。

ここからまずわかるのは、エスプレッソをエアレーションすると
・温度は下がるものの、ポジティブに活かすこともできる
・ワインと同様に、香りを開かせることができる

という2点です。

また、赤ワインに関する話題に戻りますが、中国で行われた実験によると、デキャンタージュを行うと4種類の有機酸と16種類のポリフェノールが減少するという結果が得られています。
(参考:Cui, Y. et al. : Simultaneous determination of 20 components in red wine by LC-MS: Application to variations of red wine components in decanting.(2012))
有機酸は酸味を、ポリフェノールは渋みを感じる成分です。
これらが減少すると「酸味や渋みが減り、まろやかな味わいになる」という変化が得られます。

コーヒーにもクエン酸、リンゴ酸、酢酸、ギ酸、キナ酸などの有機酸やポリフェノールが含まれています。
実際、コーヒーを飲んで酸味や渋みを感じたことがないという人の方が少ないでしょう。
酸味や渋みがあるということは、それらがデキャンタージュをすることにより減少して、味わいがまろやかになる可能性があるということだといえます。

一方で、白ワインではデキャンタージュ/エアレーションすると繊細な香りが失われたり、酸化が進むことでかえって酸味が増したりしてしまうという話もあります。
コーヒーでも同様で、デキャンタージュ/エアレーションにより風味が失われたり、酸味が増すだけになったりしてしまう場合もあるのです。

どうやら、コーヒーに関してはデキャンタージュ/エアレーションが効果的な場合とそうじゃない場合があるようです。

白ワインっぽいコーヒーはデキャンタージュに向いてなく、赤ワインっぽいコーヒーはデキャンタージュ向き……と考えることができそうですが、さて、「白ワインっぽいコーヒー」と「赤ワインっぽいコーヒー」とはなんぞや、と迷宮に入り込んでしまいそうですよね。
それじゃあ困っちゃいます。

例えば静岡の有名スペシャルティコーヒー専門店、ETHICUSさんでは、焙煎から日が経っていなくてエイジング不足なコーヒー豆(=香りが硬く、開いていない)でエアレーターを使用しているそうです。

デキャンタージュ/エアレーションに向いているコーヒーとそうじゃないコーヒーをはっきりとさせるには、様々な焙煎度・焙煎日数のコーヒーで検証を繰り返すのが一番ですが、これまでに出てきた情報からもヒントを得ることができます。

デキャンタージュ/エアレーション向きのコーヒーは
・焙煎から日が経っていなくてエイジングの進んでいない、香りが硬いコーヒー
・ボディ感の強い(赤ワインっぽい)コーヒー
・渋みが感じられたり、マイルドさを増やしたいと感じられるコーヒー

一方で、

デキャンタージュ/エアレーションに向かないコーヒーは
・焙煎後の日数が経過し、充分にフレーバーが開いているコーヒー
・渋みがあまりない(白ワインっぽい)コーヒー

このような傾向を見つけることができます。

同じ農園の豆でも焙煎度によって向き不向きが変わりそうですし、同じ焙煎度の豆でもエイジングの具合によって効果的かそうじゃないかが変わってくるようです。

じゃあ結局どうしたらいいの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

ひとつひとつのコーヒーと向き合い、その日その時のタイミングも見極めなければならないなんて、とてもじゃないけど個人ではやってられませんよね。

ここで私は「コーヒーの基本を思い出してみよう?」と言いたいです。
コーヒーは嗜好品で、唯一の正解なんて無いんだってこと。強いて言うなら、自分が好きだって思えるコーヒーが正解なんだということ。

「今日のコーヒーはデキャンタージュしてみようかな」と気が向いたら試してみて、変化がポジティブなものでもネガティブなものでも、楽しかったら成功なのだと思います。

大会を目指しているバリスタさんや、お客様に最もおいしいやり方でコーヒーを提供しなくてはならないお店の方でもない限り、難しく考えなくても良いはずです。
おうちで楽しむコーヒーは、自分や一緒に飲む人が笑顔になれたらそれだけで尊いものなのだと、私は思います。


どうやればいい?コーヒーのデキャンタージュ/エアレーションのやり方

さて、デキャンタージュ/エアレーションに興味が出てきたら、実際に一度やってみたいと思いますよね。

冒頭で紹介した「デキャンタ」や「エアレーター」をすでにお持ちであればすぐにでも実践できますが、そうではない人も多いと思います。
また、デキャンタを使う場合は、ワインでのやり方をきちんと踏まえるのであれば3時間置かなくてはならないはずで、そうするとコーヒーの場合は冷めてしまいます。
つまり実際コーヒーに使えるのはエアレーターの方だけ?」という感じもしますよね。
(※デキャンタを使って実験してみようという方は、安全のためデキャンタが耐熱性かお確かめください)

エアレーターを購入して、実験してみるというのもひとつの手段です。
最近では神奈川のRoast Design Coffeeさんがエアレーターを購入して、ワークショップでも使ってみるそうです。
でも、まずはお金をかけたくないなという方も少なくないでしょう。

お金をかけずにエアレーションを試してみる方法として思い出していただきたいのが、冒頭で紹介した「北海道のネルドリップのお店」のやり方です。
抽出後のサーバーの液体を勢いよく対流させ空気に触れさせる」という方法で、要は「サーバーに入ったコーヒーを別のサーバーに勢いよく移し替える」ということを何回か繰り返せば良いだけです。

サーバーが2つなければ、片方はミルクジャグとかティーポットとか、注ぎやすい容器であれば何でも良いと思います。
コツはなるべく高いところから、ジャバジャバと注ぐことです。
せっかくのコーヒーが零れない程度に勢いをつけて、たくさんの空気を含ませましょう。

移し替えを何度も行っているとコーヒーが冷めてしまいますし、かといって回数が少なければ味わいの変化が得られないかもしれません。
加減が難しいところですが、ここでこそ「楽しむ気持ち」を思い出して試していただければと思います。


コーヒー業界の最先端のような、昔に立ち返ったような話題となりましたが、楽しんでいただけましたか?
ちょっとでも面白いなとか、やってみたいなと感じてもらえていたら嬉しいです。

石谷さんの2019年のJBC以来、コーヒーをデキャンタージュ/エアレーションしてみたらどうなるのだろうという検証をする人がちらほらと増えてきたようです。
けれど、こうして記事を書くにあたっては参考になる情報がまだまだ少ないという、やっぱり最先端なのかもしれないテーマでした。

『Coffee Fanatic三神のスペシャルティコーヒー攻略本』を出版されたRoast Design Coffeeの三神さんですらエアレーターの購入は今年に入ってからですし、これからもコーヒーのエアレーションを検証するお店や導入するお店は増えていくのではないかと予想しています。

コーヒーのエアレーションがこのまま定着するか、一過性のブームで終わるのかは未知数ですが、もしこのままコーヒーのエアレーションが一般的になって、「コーヒー用のエアレーター」なんかも作られるようになったりしたら面白いですね。
※コーヒー用のデキャンタとして売られているものはすでにありますが、これはデキャンタージュ用としてではなく単なるコーヒーサーバーとしての使用を想定しているもののようです

2019年JBC決勝の石谷さんのプレゼンテーションは、「バリスタとコーヒー業界の未来」をテーマに話されていました。
そして2023年現在、本当に未来のスペシャルティコーヒー業界でエアレーションがじわじわと広まってきています。
世界トップクラスのバリスタとは、なんて高次元な存在なのでしょうね。まるで預言者みたいです。

石谷さんのJBC決勝の様子はSCAJConferenceのYouTubeチャンネルにて動画が公開されています。
ジャパン バリスタ チャンピオンシップ (JBC) 2019 優勝 石谷 貴之
国内大会ですのでプレゼンテーションは日本語で行われていて、国際大会を見るよりも気軽に楽しむことができるのでおすすめです。

4年も前の動画ですが、このプレゼンテーションで語られた「未来」は2023年現在から見てもまだまだ「未来」に感じられます。
コーヒー業界の未来はどうなっていくのでしょうか。
これからも感動するコーヒーと出会い続けられることを願っています。

この記事を書いた人

MAAYA YAMASHITA

コーヒーを愛してやまないフリーランスWebライター。ツイッター⇒@mayacafe24