新種のコーヒー【イエメニア】を深掘り!これを読めば、研究内容から味わいまで詳しくなれちゃうぞ!
COLUMN 2022.02.04
イエメニアというコーヒーをご存知ですか? 実は、発見されたばかりの新種で大注目を浴びているのです。
2020年に発見され、同年のイエメンコーヒーオークション(品評会)ではなんと上位10位を独占。
(つまり、とてもおいしい品種ということ!)
ゲイシャ並みの価格と希少性で、世界のスペシャルティコーヒー業界で脚光を浴びている、新母体品種です。
コーヒーにはさまざまな品種がありますが、突然変異や品種改良で新しい品種が生まれてくる前には、元となったご先祖さまの品種があります。それが母体品種です。
これまでは、ティピカ・ブルボン系統の品種やSL系統の品種、エチオピア原種の系統が知られていました。
イエメンのコーヒーも、きっといずれかの系統(ご先祖さま)に属するだろうと考えられていたのですが、調べてみると、全く別の遺伝系統であることがわかりました。
人類がコーヒーを飲むようになって数世紀。今になって新しい「ご先祖さま」が発見されるなんてと、全世界が驚きました。
コーヒー業界でこれまで信じられてきた常識が覆された衝撃はまるで、天動説が主流だった世界で地動説が発見されたようなものかもしれません。
イエメニアは今をときめく話題の品種ではありますが、「値段が高い」「売り切れのお店だらけ」ということで、飲んだことがない方も多くいらっしゃるでしょう。
この記事ではイエメニアをまだよく知らないよという方のために
・イエメニアの味わい・フレーバーの特徴について
・「母体品種」の意味とイエメニアの今後について
・イエメニア発見の元となった研究について
これらをかなり詳しく解説します。
LIST OF CONTENTS
新たな高級コーヒーのトレンド「イエメニア」ってどんな味? 実際に飲んでみた
2020年のイエメンコーヒーオークションで上位10位を独占したイエメニア。
この実績からも、イエメニアはとても風味の良いスペシャルティコーヒーであることがわかりますね。
「すごくおいしいんだろうなということはわかるけど、具体的にはどんな味なの?」と思っている方も多いでしょう。
ロットによって、焙煎によって当然ながら味わいは変わりますが、イエメニアは
・エキゾチックで妖艶な香り
・イエメンらしいスパイシーさ
・どっしり、こっくりした甘さ
・バター感のあるまろやかなコク
こういった特徴を記載しているロースターさんが多い印象です。
重ための味わいで酸味はあまり強くなく、濃厚で独特な香りが期待されます。
私も実際にイエメニアを購入して飲んだことがありますが、
・複雑な風味が口の中でぶわっと広がる
・浅煎りでも酸味は少なめ。香ばしいコーヒー
・どっしりした、アーシーな感じ
・重厚な妖艶さを感じる
・スパイシーさがあって、中東の料理に合いそう
これまで飲んできたアラビカ種とは似ても似つかない、パワフルで風味の爆弾のような複雑さを感じました。
華やかで繊細なゲイシャとは正反対。
スパイシーで妖艶な、アラビアンナイトに出てくる踊り子のようなイメージのコーヒーでした。
いわゆる「コーヒーらしいコーヒー」が好きという方には、特に感激していただける味ではないかなと思います。
コーヒーらしい香ばしさや奥ゆきが感じられるのに、それ以外にもいくつものフレーバーが舌の上でめまぐるしく踊って、「これはただのコーヒーじゃない!」と小さなカップの中に深淵を感じられるはずです。
イエメニアという新たな「母体品種」について、もう少し詳しく知ってみる
さて、コーヒーにはさまざまな品種があることは、読者のみなさんならよくご存知だと思います。
「ゲイシャ」「マラゴジッペ」「カトゥーラ」「カトゥアイ」「ティピカメホラード」などなど……。
たくさんの品種は覚えられなくても、「あのコーヒーはおいしかったなぁ」とお気に入りの品種名だけは覚えているという方もいらっしゃるでしょう。
世界には数え切れないほどのコーヒーの品種があり、また、品種同士をかけ合わせて新たな品種が作られてもいます。
(例:マラゴジッペとカトゥーラをかけ合わせた「マラカトゥーラ」など。名称からどの品種をかけ合わせたものかわかりやすいものもありますね)
ところが今回発見されたイエメニアは、かけ合わせていった先の品種ではなく、かけ合わさる前の大本の品種(群)だったのです。
この「かけ合わさる前の大本の品種」いわゆるご先祖さまの品種を「母体品種」と呼びます。
新母体品種「イエメニア」に込められた希望
これまでは1700年代に発見されたティピカ・ブルボン系統、そして1900年代初めに発見されたSL34・SL17系統が知られていました。
そこに2020年、新たな系統「イエメニア」が追加されたのです。
従来の品種、そして新しく見つかったイエメニアについて示した資料が下の図になります。
従来の品種系統のように、2020年に発見されたイエメニアも、ここからさまざまな品種が生まれていくのだろうという未来への夢と希望がこの図から伝わってきますね。
イエメンのコーヒーの木は、
・高温環境に強い
・低温環境に強い
・水の少ない地域でも育つ「干ばつ耐性」もある
という、厳しい地域でも成長できる特性を持っています。
ここから、イエメニアを研究していくことによって、コーヒー業界にある希望が見えてくるであろうことがわかります。
「コーヒーの2050年問題」という言葉を聞いたことがある読者さんも多いと思います。
地球温暖化によって、2050年にはアラビカ種のコーヒー栽培に適した土地がおよそ半分に減ってしまうという、非常に衝撃的な予測です。
けれどイエメニアの遺伝子を研究していけば、イエメンコーヒーが持つ厳しい環境下にも耐えうる遺伝特性を発見できるかもしれません。
イエメニアには、「もっとおいしいコーヒーを作りたい」という希望だけではなく、地球環境が変わっても栽培できる品種を作れるかもしれないという希望も込められているのです。
イエメニアがコーヒー業界の大発見だったということを、ここまででかなりわかっていただけたかと思います。
次の項目からはさらに詳しく、イエメニアが発見されるに至った背景や、研究内容について深掘りしていきましょう。
コーヒーの歴史が500年以上あるイエメンで新発見。「イエメニア」を見つけたすごい研究とは?
イエメンはアラビア半島の最南端に位置する国で、エチオピアと並びコーヒー発祥の伝説が語り継がれている、コーヒーの歴史が深い国です。
「イエメン固有のコーヒー」の歴史も同じく深く、地元の農家では500年以上も作り続けられています。
ではなぜイエメニアは、昔から生産されていたはずなのに「新発見」と言われているのでしょうか?
とっくに見つかっていてもおかしくないですよね。
実はイエメンは内戦などの情勢の問題があり、これまで欧米諸国によるコーヒーの学術的な研究が進んでいなかったのです。
つまり、今まではイエメンコーヒーの遺伝子を調査したことがなく、きっとただ単に「アラビカ種のコーヒー」として生産され、私たちも詳しいことを知らないまま飲んできたのでしょう。
ところが今回初めて大規模な研究をしたところ、ようやく「ティピカ」や「ブルボン」とは別系統の、イエメン固有種の存在が判明したのでした。
Qima Coffee(キマ・コーヒー)らの共同研究。イエメンコーヒーの大規模調査が行われた
新たな母体品種「イエメニア」は2020年8月、Qima Coffee社らによって発表されました。
Qima Coffee社は2016年に設立された、イエメン産の豆を中心に取り扱うコーヒー商社です。
従来イエメンのコーヒーはあまり品質の高いものではありませんでしたが、Qima Coffee社が中心となり生産者への栽培指導やインフラの提供を行ったことによって、近年では素晴らしいスペシャルティコーヒーが出てくるようになりました。
こうしてイエメンコーヒー界に深く関わっているQima Coffee社ですが、生産に関わるだけでなくさらにイエメンにおけるアラビカ種の遺伝的多様性に関する研究も行いました。
イエメンにおける? 遺伝的? 多様性???
ちょっと難しい研究名ですね。
噛み砕いてみると、「イエメンで生産されているアラビカ種コーヒーたちを、遺伝子レベルで分析してグループ分けすると、どんな品種たちがあるんだろう?」と調べてみたということです。
つまりイエメンで育てられているコーヒーのご先祖さまは、どんなアラビカ種コーヒーだったのかな? ということを研究したと言い換えることもできますね。
研究に参加したのは
・Qima Coffee
・RD2 Vision(フランス)
・CATIE(熱帯農業研究教育センター)(コスタリカ)
です。
(RD2とCATIEは農業やコーヒーに関する研究機関のようなものだと思っていただければ大丈夫です。)
この研究では、イエメンだけではなく世界から全部で137種の品種のコーヒーを集め、遺伝子を分析しました。
とても大規模ですね。
集められたコーヒーは、大きく3つのグループに分けられます。
①エチオピア系統の品種 72種
②世界的に栽培されている品種 20種
③イエメンから採取された品種 45種
イエメン代表として採取された品種は、Qima Coffee社が育成しているコーヒーの中から、それぞれの地域の遺伝的特性を代表する45品種がサンプリングされています。
イエメンコーヒーの大規模研究によって、イエメン独自の固有種があることが判明!
こうして集められた全137品種の遺伝子を分析した結果、サンプルのコーヒーたちは大きく5つの品種群に分かれました。
それを表したのが、この研究によって発表された論文のこの図です。
いきなりこんな添付図が出てきても、どう読み解いたらいいのかわからないですよね。
①137品種のコーヒーを分析したよ!
②遺伝子が似ているもの同士を近くに並べたよ!
というのがこの図の意味です。
E-295とかYQ5とかSL-17とか記号・番号が色々あってとても難しいことが書かれているような気がしてしまいますが、
・E-○はエチオピア系統のサンプルに振られた番号
・YQ○はYemen Qimaの頭文字で、イエメンのサンプルに振られた番号
のように読んでいくのだと思います。
重要なのは、137種あったサンプルが、大きく5つの枝に分かれた(=5つの品種群がある)ということです。
こうしてみると、少しわかりやすくなるでしょうか?
今回の研究で分けられた5つの品種群は
①エチオピア単一品種群
②SL-17品種群
③イエメン・SL-34品種群
④イエメン・ティピカ-ブルボン品種群
⑤ニューイエメン品種群
でした。
(ニューイエメン品種群というのが、今回新しく発見された品種群です。)
このニューイエメン品種群……のちにイエメニアと名付けられる品種群が、今まで存在を知られていなかった新たな遺伝系統であることが、この研究によって明らかになったのでした。
※研究論文「コーヒーの栽培化において主要な役割を果たしたイエメンにおける、耕作化されたコフィア・アラビカ・Lの特徴的な遺伝的多様性の解明」(注:英語です)
※こちらの記事より、用語の和訳を参考にさせていただきました⇒「コーヒー品種の樹海をさまよう!! 其の七 Qimaの品種リサーチ“Yemen”編Part②」
イエメニアの発見は、私たちのコーヒー体験を進化させるかも?
こうして、新たな母体品種「イエメニア」が発見されました。
イエメンコーヒーは、
・厳しい栽培環境により、収穫量が少ない
・紛争など地政学的なリスクが高い
これらの事情から、値段が高くなってしまいがちです。
そんな中でも新しい品種として世界中の注目を浴びているイエメニアは、更に値段が吊り上がってしまうでしょう。
価格からもなかなか手を出しにくい品種ではありますが、これまで飲んできたコーヒーとは全く違った味わいにびっくりすること間違いなしです。
機会があれば、コーヒーラバーの皆さんにはぜひ一度飲んでみてほしいです。
……買いたいけれど、どこのお店も売り切れが多いですって?
ご安心ください。
2020年度は9月にイエメンコーヒーオークションが開催され、オークションで落札されたロットは翌2021年3月に発売されていました。
このスケジュールを目安に、冬の終わりから春にかけて各ロースターをチェックしてみると良いでしょう。きっと新年度のイエメニアが、順に入荷してくると思います。
イエメニアは、まずはイエメンのコーヒー関係者を驚かせました。
そして次に、イエメンコーヒーを買いつける世界のコーヒー関係者を驚かせました。
この発見の科学的な意義もさることながら、これまでのコーヒーとは異なる複雑なフレーバーはとても素晴らしいもので、きっとたくさんの人々を魅了することでしょう。
この感動は、イエメニアが注がれたカップを手にしたとき、あなたにも伝わるはずです。
あなたに素敵なコーヒーライフが訪れることを祈っています。